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なぜ美希が好きなのか分析してみた

表題のとおり、なぜ星井美希が好きなのか分析。

・星井美希とは
wiki

1日に20人以上もの男子から告白される程のカリスマ性を持つ。他のアイドルたちと違い、金髪に染めてアホ毛が一本生えている。年齢の割にスタイル抜群で、Xbox 360版では3番目にバストが大きく、本人曰くFカップ。



・属性から相互分析してみる

属性

14~15歳→将来の可能性を示唆
カリスマ→価値基準に絶対性
金髪→私の一般化されたイメージ(黒)からの脱却、特性の付与
快活→エネルギーにあふれている まぶしい
一途→自他共に浮気を許さない
親しくなると呼び名がハニー→日本的でない。呼ばれた側の特別性を顕在化

私が求めているもの、いないもの

可能性を求めている
絶対性に惹かれるモノが私の中に存在する
一般化を求めていない
特別性を求めている

・星井美希にないもの
基本的には属性の裏返し

容認、妥協→自分本位、他人に自分の価値を認めさせようとはしない、また、譲歩しない
汎化→普通ではない

・まとめ
わたしにとって星井美希とは何か

理想の偶像→二次元の機能は究極的な理想化という価値観
私の理想→既存価値の脱却、可能性、エネルギー

アイドルとしての機能を果たす存在。

11月

ルバイヤートっていう詩人がいて、四行詩で有名なんですけど。

その人と太宰治に影響されて、村上春樹の世界が最強だと思って生きてきたわけです。

ルバイヤートさんは享楽主義者なんですね。僕からすると。一般的にもそうだと思うんですけど。
女と酒があればいいとかそんな感じなんですね。基本的に。

僕も大体そんな感じで気持ち良ければいいやってスタンスで何と無く過ごしてたんですけど。
何と無く過ごすのに飽きちゃうんですよね。わりと。
それで何かにぐわーっといくのが結構気持ちいいんですけど。

割とそれにも飽きちゃうんですよね。

それで大体10年ぐらい過ごしてきたんですけど。
そろそろ本気でなんかやるべきだよなってここ半年ぐらいは思ってるんですよね。

そんな感じで2013年そろそろ終わるので、2014年は仮にも自信をもっていきます。
12月もいろいろやります。
そんな感じ。

アビエイターの感想

感想を書くときは一二週間寝かせると書きたいこと整理できて良さそう。

アビエイターは2004年公開でマーティンスコセッシ監督の映画。ヒロインのケイトブランシェットとヴェラファーミガってちょっと似てる。スコセッシはディカプリオとタッグ組んでる作品が多い。ディパーテッドは面白かったけど長すぎて途中で切った。

アビエイターはかなり面白かった。ディカプリオは偏屈な役が本当に似合う。ジャンゴもそうだけど、インセプションとか真面目な役どころよりも、どこかネジが外れてる役の方が輝いてる。

三時間近くあるけどゴッドファーザーと似たようなもの。人によって評価が大きく変わる映画だと思うけど、私はかなりお気に入り。

ハワードヒューズの伝記として観る人には、疲れるしメッセージ性なんて必要としていないだろうから大した評価は出来ないだろう。しかし純粋にディカプリオの演技を見る分には最高だった。

気に入ったセリフを紹介。imdbより。

・強迫性障害と潔癖性が進行して閉じこもった後に元カノが迎えにきて髭を剃ってもらって泡を洗うシーン

Howard Hughes: Does that look clean to you?
Ava Gardner: Nothing's clean, Howard. But we do our best, right?

地味だけど主人公を救う言葉だったと思う。

ディカプリオの出演映画全部見たら、ベストオブディカプリオ決めます。

動画勢について

動画勢について。

動画は楽しい。まるで自分のことのように興奮するし、下手を打つと冷める。

ゲームも映画もアニメも全て臨場感をもって理解することができれば、それでいいと感じる。

動画は臨場感以外全て活字に劣る。本当の情報は活字によって得られる。人によってどちらで気づくかは定かではないだろうけど。

注意しなければならないのは、動画勢はわかったふりをしてはならない。100%動画だけでは本質はわからない。すぐにバレて自己評価を下げる羽目になる。

動画勢が実践する際には見た感覚を追体験するのではなく、あくまで自分の中に生まれた理論を確認するためだけに行うべき。

動画勢は謙虚でなければならない。

劇場版ノルウェイの森を見た

見て良かったとは思うけど二度とはみたくない。ただのラブストーリーだった。

原作の空白感や喪失感といった「間」が薄れて、ただ愛情が伝わらないもどかしさに終始していて、それをふまえた何かが感じられなかった。

直子の重さの表現と比べて、周りの死が軽い。特にキズキの死を悼むシーンがどうもしっくりこなかった。
原作は直子との恋路だけでなく、周りの幾つもの死があって直子の喪失が意味を持つんだと思うんだけど、それがほぼ端折られてて、ただ直子死にました悲しいですみたいな映画で何だかなぁって感じ。

直子とかそもそも面白くも何ともないんだから、もっとワタナベ君がどうのこうのすれば良かったと思うんだけど、悪い意味で原作通りだった。
セックス描写長いし多いしその割に序文の空港は無いし、最後の「どこにいるんだろう」の台詞はなんか陳腐だし公衆電話じゃないし。

物語の最初と最後は基本的に一番大事な部分だと思ってるけど、それが丸ごと無くて最後まで詰まってないトッポというか尻尾が無いたい焼きというか。

やれやれ。
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